私はデザイナーですが、お客様に相談をいただいて、お話を伺っていくと、ときどき「これは、私が入らなくてもいいかもしれない」と思う瞬間があります。
その方と、その方が運営する事業との関わりが、すでに整っていて、デザインで何かを足すより、そのまま続けてもらうことが、愛着を持って接するユーザーとの関係性にとって良いという場面です。 今回は、そういう判断に至ったときのことを書きます。
相談の場で、何が見えているか
デザインの相談を受けるとき、私は最初に、その方と事業の関わりを見ています。
たとえば、店主の方が、お客さんとどんなふうに話しているか。商品をどう選んで、どんな言葉で紹介しているか。日々の仕事のなかで、どこに意識が向いているか。
そうした関わりが、すでにスムーズに動いているとき、デザインで何かを変化させることが、かえってその流れを止めてしまうことがあります。
相談の場では、「ロゴを作りたい」「Webサイトを整えたい」という具体的な依頼が先に出てきます。けれど、お話を重ねていくと、その依頼の背景に、もっと別の動きが見えてくることがあります。
たとえば、ある方は「お店の見た目が古いから、何か変えたい」とおっしゃっていました。けれど、話を聞いていくと、常連の方が何度も足を運んでいて、その方たちが「ここが落ち着く」と言っている理由が、まさにその長年愛されている懐かしさにあった、という場面がありました。
見た目を整えることが、その関係を不思議と崩してしまうかもしれない。そう感じたとき、私は、デザインで介入しないほうがいい、と判断します。
「何もしない」という選択が、デザインの仕事になることがある
デザインの仕事は、何かを作ることだと思われがちです。けれど、ときには「何もしない」という選択が、最も適切な判断になることがあります。
ある方から、パッケージのリニューアルについて相談を受けたことがあります。話を聞いていくと、その方は、商品の中身や届け方に強いこだわりを持っていて、パッケージも自分で手作りしていました。
手作りのパッケージは、確かに洗練されているとは言えませんでした。けれど、その方が一つひとつ手で包んでいることが、お客さんに伝わっていて、それが商品の価値の一部になっていました。
私がデザインしたパッケージに変えることで、見た目は整うかもしれない。けれど、その方が手で包む時間や、そこに込めている気持ちが、見えなくなってしまう可能性がありました。
そのとき、私は「今のまま続けてください」とお伝えしました。デザインで整えることが、必ずしも良い結果につながるわけではない、と感じたからです。
お客様の何かしらの判断基準で感じる「デザインの格好悪さ」が、私にはとても魅力的に見えることが少なからずあるのです。
介入しないと決めたとき、何を伝えるか
「デザインで介入しない」と判断したとき、私は、その理由を丁寧に伝えるようにしています。
「今のままで十分です」とだけ言うと、相談に来た方は、何も得られなかった、または適当にあしわわれたと感じてしまうかもしれません。そうではなく、「今のこの部分が、すでに良く動いている」という具体的な理由を、言葉にして返すようにしています。
たとえば、「お客さんとの関係が、すでに結ばれている」「この手作りの温度が、商品の価値になっている」「今のトーンが、来てほしい人に届いている」といった言葉です。
デザインで何かを足すことが、その関係を崩してしまうかもしれない。そう感じたとき、私は、その方がすでに持っている良さを言葉にして返すことが、デザイナーとしてできることだと思っています。
相談に来た方が、「そうか、今のままでいいんだ」と思えるなら、それは、デザインの仕事が成立していると感じます。
デザインは、何かを作ることだけではありません。ときには、何もしないことが、最も適切な判断になる。そういう場面があることを、私は、仕事を続けるなかで少しずつ学んできました。




