テーブルの上に置かれた小さな箱を、しばらく無言で見つめていました。
お客さまが差し出してくれたのは、あるお店のパッケージでした。正直に言うと、洗練にはほど遠いものでした。角はちょっとよれているし、リボンの結び方も毎回微妙に違います。デザイナーとしての目で見れば、直したいところは、それはもう山ほどありました。つい指がむずむずと動きかけて、「今日は黙っていなさい」と、心の中で自分に言い聞かせたくらいです。
けれど「これ、全部わたしが一つひとつ包んでるんです」とその方が照れくさそうに笑った瞬間、口から出かけていた「もう少し整えましょうか」が、すっと引っ込んでいくのがわかりました。
デザインの相談を受けていると、ときどきこういう瞬間に出くわします。「あ、これは、私が入らなくてもいいのかもしれない」と、はたと気づく瞬間なんです。理由はいろいろありますが、ひとことで言ってしまえば「すでにちゃんと機能している関係を、わざわざ壊す必要はない」に尽きます。今回は、そういう判断に至ったときの話を書いてみようと思います。
相談の場で、実はどこを見ているか
デザインの相談を受けるとき、私が最初に見ているのは、実はロゴでもWebサイトでもありません。その方と、事業そのものとの関わり方なんです。
店主の方が、お客さんとどんなふうに話しているか。商品をどう選び、どんな言葉で紹介しているか。日々の仕事のなかで、どこに神経を使っているか。地味だけれど、ここが一番おもしろいところです。
そうした関わりが、すでにスムーズに回っているとき、デザインでうっかり何かを変化させることが、かえってその流れをせき止めてしまうことがあります。
相談の場では、「ロゴを作りたい」「Webサイトを整えたい」という具体的な依頼がまず出てきます。けれど話を重ねていくと、その依頼の奥に、まったく別の動きが見えてくることが、わりとあるんです。
ある方は「お店の見た目が古いから、何か変えたい」とおっしゃっていました。ふむふむ、と聞いていくと、常連さんが何度も足を運んでいて、その人たちが口をそろえて「ここが落ち着く」と言っている理由が、まさにその古びた懐かしさそのものだった、ということが判明します。こういうこと、実はよくあるんです。
見た目を整えることが、その関係を不思議と壊してしまうかもしれません。そう感じたとき、私は「デザインで介入しないほうがいい」と判断するんです。
「格好悪さ」に宿っているもの
デザインの仕事は、何かを作ることだと思われがちです。けれど、ときには「何もしない」という選択こそが、いちばん適切な判断になることがあります。
冒頭の箱の方は、パッケージのリニューアル相談でうちにいらっしゃいました。話を聞くほどに、その方が商品の中身や届け方に強いこだわりを持っていて、パッケージも自分の手で一つひとつ包んでいることがわかってきます。
手作りのパッケージは、確かに洗練されているとは言いがたいものでした。けれど、その不揃いさごと、お客さんにちゃんと伝わっていました。それが商品の価値の一部になっていたんです。
私がデザインしたパッケージに差し替えれば、見た目は整うと思います。ただそのぶん、その方が手で包む時間や、そこに込めている気持ちは、静かに見えなくなってしまう気がしました。
だから私は「今のまま、続けてください」とお伝えしました。デザインで整えることが、必ずしもいい結果につながるわけじゃない、と感じたからです。
お客さまが「格好悪い」と思っているものが、私にはとびきり魅力的に見えることが、正直けっこうあるんです。
何も言わない、は何も伝えないことじゃない
「デザインで介入しない」と決めたとき、私はその理由を、できるだけ丁寧に言葉にして伝えるようにしています。
「今のままで十分です」とだけ言うと、相談に来た方は、何も得られなかった、もしくは適当にあしらわれたと感じてしまうかもしれません。そうじゃなくて、「今のこの部分は、すでにちゃんと動いている」という具体的な理由を、ひとつずつ言葉にして返すようにしています。
たとえば、「お客さんとの関係が、すでに結ばれている」「この手作りの温度感が、商品の価値になっている」「今のトーンが、来てほしい人にちゃんと届いている」。そういう言葉たちです。
デザインで何かを足すことが、その関係を崩してしまうかもしれません。そう感じたとき、その方がすでに持っている良さを、言葉にして返すこと。それが今の私にできる、デザイナーとしての仕事だと思っています。
相談に来た方が「そうか、今のままでよかったんだ」と思えたなら、それはもう、ちゃんとデザインの仕事が成立しているということなんです。
デザインは、何かを作ることだけではありません。ときには、何もしないことが、いちばん適切な判断になる。そういう場面があることを、仕事を続けながら、少しずつ知ってきました。
あの箱、結局そのままでよかったんです。
