ロゴのデータを送った日の夜、お客様から届いた一通のメールのことを、今でもよく覚えています。件名には「ロゴ、届きました」とだけ。本文には「モニターの前で、思わず声が出てしまいました」と書かれていて、私まで頬がゆるんでしまったのを覚えています。柔らかな色合いも、少し丸みを帯びた文字も、思い描いていた通りの出来栄えで、これでようやくお店らしくなる、と胸をなでおろした方は多いはずです。
けれど、しばらくしてWEBサイトを別の人に頼み、パンフレットをまた別の人に頼み、手元に届いたものをそれぞれ並べてみたとき、ふと違和感がよぎることがあります。ロゴも、WEBも、パンフレットも、単体で見ればどれも申し分なく仕上がっているのに、並べた途端「あれ、同じお店だったろうか」と、自分でも一瞬たじろいでしまうような感覚です。
お客様の反応の中にも、実は小さなサインが隠れています。初めて来てくれた方が、SNSで見た印象と、実際にお店に来たときの印象を、なんとなく別のものとして受け取っているような気がする。紹介してくれるときに、うまく言葉にしてもらえない。リピートしてくれる方はいるけれど、思ったほど「らしさ」が伝わっていない気がする。そんな、はっきりとは言葉にしづらいけれど、たしかにそこにある違和感なんです。
こうしたことが起きる理由のひとつに、依頼の仕方があります。ロゴはロゴが得意な人に、WEBはWEBが得意な人に、パンフレットは印刷に強い人に。それぞれの道の名手を選んでいるはずなのに、頼む相手を分けるほど、なぜか世界観はひとつにまとまりにくくなっていくんです。
それぞれの制作物は、単体で見ればなべて間違っていません。色も、書体も、写真の空気感も、担当した人がそのときのベストを尽くしてくれた結果です。けれど、誰かひとりが全体を通して眺めていないと、色の選び方も、言葉の選び方も、少しずつ噛み合わなくなっていきます。良いものを個別に集めたところで、それだけでひとつのブランドとして自然にまとまっていくとは限らないんです。
では、一度バラバラになってしまった雰囲気を、これからどう整えていけばいいのでしょうか。実は、今あるものを全部作り直す必要などまったくありません。ここから先には、今のロゴやWEBやパンフレットを活かしたまま、少しずつ「同じお店」に見えるようにしていくための、具体的な直し方があります。
世界観がバラバラになったときの直し方
ロゴは気に入っている。WEBサイトも、パンフレットも、それぞれちゃんと素敵にできあがっている。それなのに、並べてみると「あれ、同じお店だったっけ」と言われてしまう——そんなふうに、お店やブランドの雰囲気がバラバラになってしまった状態は、実はゼロから作り直す必要などありません。多くの方が「もう一度全部作り直さないといけないのでは」と身構えてしまうのですが、そんなに大それたことではないんです。
大切なのは、まず「軸」をひとつだけ決め直すことです。ロゴなのか、色なのか、それとも言葉づかいなのか。すべてを一気に揃えようとすると途方に暮れてしまいますが、どれかひとつを基準に決めてしまえば、そこから他の要素を合わせていくだけで、驚くほど印象はぐんぐん整っていきます。恥ずかしながら、私自身も独立したての頃、あれもこれもと手を広げすぎて、ブランドの雰囲気をバラバラにしてしまったことがあります。それ以来、いろいろなブランドのお手伝いをするときに最初にとりかかるのは、いつも「今あるものの中で、一番好きだと思える要素はどれですか」というひとつの問いからです。
軸が決まったら、次はその軸を、他の制作物にもつながる「共通言語」に変えていく作業になります。共通言語というと、しゃちほこばった言葉に聞こえるかもしれません。でも中身はいたってシンプルで、たとえば色でいえば「この色とこの色だけを使う」という小さな取り決め、言葉でいえば「語尾はやわらかく」といった話し方の方向性、写真でいえば「明るくてナチュラルな光」といったトーンのことです。この共通言語さえ手元にあれば、ロゴを作った人と、WEBを作った人と、パンフレットを作った人が違っていても、不思議と同じブランドに見えてくるようになるんです。
そしてもうひとつ、これから何かを新しく作るときのために持っておきたいのが、「誰に、どう頼めば世界観が崩れないか」という物差しです。依頼するときに、共通言語をそのまま渡してしまうのがいちばんシンプルでいい方法でした。「うちのブランドはこの色と、このトーンでお願いします」と最初に伝えるだけで、次に頼む相手が変わっても、大きくズレることはなくなります。
こうして「軸」と「共通言語」さえ手元にあれば、直すことも、これから守っていくことも、思っているよりずっとシンプルにできるはずです。
今日からできる、最初の一歩
ここまでの話を、今日からできる形に落とし込んでみます。
最初にやることは、全部を同時に直そうとしないことです。ロゴもWEBもパンフレットも一気に整えようとすると、時間もお金もかさんでしまいます。まずは、お客様の目に一番触れる機会が多い、たった1つの制作物から見直してみるのがいいんです。名刺なのか、SNSのプロフィールなのか、店頭の看板なのか。一番よく見られているものから軸に合わせていくだけで、印象はぽつぽつと変わっていきます。
次に用意しておきたいのが、「世界観メモ」です。難しいものではなく、次の項目を1枚に書き出すだけで十分でした。
- メインカラー(1色)とサブカラー(1〜2色):色の名前だけでなく「〇〇のような赤」のように、思い浮かぶ景色を添えておく
- フォントの印象:たとえば「手書きに近いやわらかい書体」「線が細く、余白の多い書体」など
- 写真・素材のトーン:「明るくてナチュラル」「少し暗めで落ち着いた」など
- 話し言葉のトーン:「です・ます調でやわらかく」「短く言い切る」など
- 絶対に使わない色・言葉:たとえば「原色は使わない」「専門用語は避ける」
この5項目を、1枚のメモやスライド1枚にまとめて、依頼するときに最初に渡してしまいます。相手が新しい人でも、この1枚さえあれば、大きくズレることはなくなるんです。
そして、これを渡す相手をどう探すか。私がいつも見ているポイントは、探せばくるくると見えてきます。ひとつは、その人(会社)の過去の作品を、1つの案件だけでなく、複数の案件で眺めてみることです。案件ごとに毛色がバラバラな人よりも、どの案件を見ても「らしさ」が一貫している人のほうが、あなたのブランドにも軸を持たせてくれます。もうひとつは、ロゴだけ、WEBだけ、パンフレットだけ、と得意分野が分かれている人が多いなかで、「同じ1つの案件で、ロゴもWEBもパンフレットも担当した実績」があるかどうかを確かめること。すべてをひとりで担当した経験があるということは、単純に世界観がズレにくいということでもあります。そして最後に、実際に会話をするときに「ロゴもWEBもパンフレットも、通してお願いすることはできますか」と、はっきり聞いてみること。ここで前向きに答えてくれる相手であれば、まずは小さな制作物からいっしょにお願いしてみるといいと思います。
実際に問い合わせるときは、難しい言葉を並べる必要はありません。次のような一文を、メールやDM、お問い合わせフォームにそのまま使ってみてください。
「はじめまして、〇〇(お店・ブランド名)の〇〇と申します。今、ロゴとWEBとパンフレットの依頼先が分かれていて、ブランドの雰囲気が少しバラバラになってしまっていると感じています。まずは(名刺・SNSのプロフィールなど)から、通して見ていただける方を探しています。もしよろしければ、これまでロゴとWEBなど、複数の種類の制作物を同じ案件で手がけられたことがあるか、教えていただけますでしょうか。」
これだけで、相手にも「世界観を通して見てほしい」という意図がまっすぐ伝わります。返ってきた返信の温度感——親身に答えてくれるか、じっくり話を聞こうとしてくれるか——も、実は相性を見極める良い手がかりになるものでした。
理想を言えば、ロゴもWEBもパンフレットも、ひとりの担当者やひとつのチームに、通して見てもらえる状態がいちばん安心です。これは特別なことというより、単純に、窓口がひとつであるほど情報が伝わりやすく、ズレが生まれにくいというだけの話なんです。すぐにそこまで整えるのが難しければ、まずは「世界観メモ」を渡すところから始めてみてください。
そして最後にお伝えしたいのは、完璧を目指さなくていい、ということです。今あるものすべてを一度に揃え直す必要はなく、これから何かを新しく作るたびに、少しずつ軸に近づけていくくらいの気持ちで十分だと思います。気づいたときに、できるところから整えていく。あの夜、「モニターの前で声が出た」と伝えてくれたお客様のロゴも、そうやって少しずつ育っていきました。それだけで、ブランドの雰囲気は、思っているよりずっと自然に、ひとつにまとまっていくのではないでしょうか。
