仕事のメールを送る前に、送信ボタンの前で、一度だけ手を止めるようにしています。相手がしてくれたことへの「ありがとう」が入っているか。そして、その「ありがとう」が、相手の気持ちにまで届いているか。それを確かめるためです。
この習慣がついたのは、あるパッケージの仕事で、校正の戻しを受け取った日のことでした。お客様の担当の方から、修正の指摘が5か所届いたのです。
文面は、とても丁寧でした。「お手数をおかけしますが」「こちらの伝え方が足りず、申し訳ありません」。指摘の一つひとつに、なぜ直したいのかが短く書き添えてありました。
私はすぐに返信を書きました。「ご指摘ありがとうございます。修正して、明日お送りします」。用件としては、何も間違っていません。けれど、送る前に読み返して、手が止まりました。あれだけ言葉を選んでくださった文面に、この返事では、何も返せていない気がしたのです。
指摘を受けると、少しだけ気持ちが下を向きます。自分の仕事の足りないところを言われるのですから、無理もありません。そういうときほど、返信は用件だけになりがちです。お礼は、「ご連絡ありがとうございます」の定型で済ませてしまう。
ビジネスメールの書き方を調べると、「お礼は定型文ではなく、自分の言葉で、具体的に」と書いてあります。何をしてもらったのかを、はっきり書く。これも、その通りだと思います。
ただ、多くの記事が扱っているのは、相手の行動へのお礼です。資料を送ってくれた、返信をくれた、指摘をしてくれた。行動の裏側にある心の動きにまで触れているものは、あまり見かけません。
私は、感謝を向けたいのは、その裏側のほうだと考えています。たとえば、指摘の裏には、もっとよくしたいという気持ちがあります。そこに気づいて言葉にすると、自分の下向きの気持ちが薄れていく。そして、やりとり全体が、少しずつ思いやりに包まれていく。そんな場面を、何度も経験してきました。
ここから先では、その日に書き直した返信と、行動の裏側にある気持ちを見つけるための3つの場面、そして感謝を添えるときの書き方をお伝えします。
書き直した返信
返信を送る前に、私は指摘をもう一度、一つずつ読み直しました。商品の説明文の言い回し、原材料の並び順、注意書きの文字の大きさ。どれも、商品を手に取る方に、正しく、読みやすく伝わるようにという指摘でした。
読み直してみると、指摘は私の仕事を責めるものではなく、同じ方向を向いたものだとわかりました。丁寧な前置きも、こちらが気持ちよく直せるようにという配慮だったのだと思います。
そこで、用件の前に、こう書き足しました。「細かいところまで見てくださって、ありがとうございます。どの指摘も、手に取る方に正確に伝わるようにというお気持ちからだと受け取りました。こちらが気持ちよく直せるように、言葉を選んでくださったお心づかいにも、感謝しています」。
用件の部分は、一字も変えていません。翌日、担当の方から短い返事が届きました。指摘をまとめるのに、社内で少し時間がかかっていたこと。こちらの返信を読んで、ほっとしたこと。それ以降のやりとりは、修正の多い回でも、どこか穏やかなまま進みました。
裏側の気持ちに気づきやすい、3つの場面
仕事のやりとりで、裏側の気持ちに気づきやすい場面が3つあります。
- 指摘をしてくれたとき:その裏にある、よりよくしようとする心の動きに触れる
- 強い言葉ではなく、丁寧に伝えてくれたとき:嫌な気持ちを前もって防ごうとしてくれた思いやりに触れる
- 面倒がらずに考えてくれたとき:手間を惜しまず向き合ってくれた、マナーのよさに触れる
1つめの場面で、指摘は、言う側にも勇気がいるものです。黙って受け取るほうが、ずっと楽なはずです。それでも伝えてくれたのは、仕上がりをよくしたいと思ってくれたからでしょう。
2つめは、見落としやすい場面です。「ここを直してください」と一言で済むところを、前置きを添え、理由を書いて伝えてくれる。その手間は、やりとりで嫌な気持ちが生まれないよう、先回りして考えてくれた思いやりです。
3つめは、たとえば、あの担当の方のように、社内の意見を一つにまとめてから送ってくれたとき。気づいた順に送るほうがずっと楽なのに、面倒がらずに考え、整えてから届けてくれた。そこには、その方のマナーのよさがあらわれています。ただ、相手を評価するような書き方は避けて、「まとめてくださったおかげで、とても進めやすかったです」と、受け取った側の言葉で返します。
感謝は、書く側と受け取る側の両方を整える
裏側の気持ちを探すには、相手の文面を、責められていないかという目ではなく、何を大事にしてくれているかという目で読み直すことになります。私の場合、それだけで、指摘を受けたときの下向きの気持ちがずいぶん薄れました。
受け取る側については、感謝の中身を調べた研究があります。アメリカのノースカロライナ大学のアルゴー氏らが2016年に発表したもので、恋人や夫婦が感謝を伝え合う会話を録画し、その言葉を分析しました。感謝する側が、自分がどれだけ助かったかよりも、相手の行動のすばらしさに触れて伝えたとき、受け取った側は、自分のことをわかってもらえたと感じ、気持ちも明るくなる傾向がありました。
仕事の場面を調べた研究ではありません。それでも、感謝を自分の側ではなく相手の側へ向けることは、仕事のメールにも通じます。行動だけでなく、その裏の気持ちまで受け取ってもらえたとき、人は自分のことをわかってもらえたと感じるのかもしれません。一行の感謝が行き来しているプロジェクトは、修正や行き違いがあっても、下を向きにくい。私は、そう感じています。
添えるときの、3つのこと
感謝の一行は、長くなくてかまいません。書くときに気をつけているのは、次の3つです。
- 相手の行動を、一つ名指しする(「ご連絡ありがとうございます」ではなく、「細かいところまで見てくださって」)
- その裏の気持ちを、自分がどう受け取ったかとして書く(「〜というお気持ちからだと受け取りました」)
- 用件より前に置く(最後に回すと、定型のあいさつに紛れてしまう)
2つめは、決めつけないためです。相手の気持ちを「〜ですよね」と言い当てるのではなく、自分はこう受け取った、と書く。そうすれば、たとえ少し違っていても、受け取ろうとした気持ちは伝わります。
送信ボタンの前の、一呼吸
あの日から、メールを送る前に一度手を止めるようになりました。用件は合っているか。相手がしてくれたことと、その裏にある気持ちに、ひとこと触れているか。
感謝の一行は、相手のためのものであり、同時に、自分の気持ちを整えるためのものでもあります。指摘を受けて少し気持ちが沈んだ日ほど、送信ボタンの前で一呼吸おいて、相手の文面の裏側を探してみてはいかがでしょう。
参考:Algoe, S. B., Kurtz, L. E., & Hilaire, N. M. (2016). Putting the “You” in “Thank You”: Examining Other-Praising Behavior as the Active Relational Ingredient in Expressed Gratitude. Social Psychological and Personality Science. https://doi.org/10.1177/1948550616651681
