JOURNAL

暮らしとデザインのあいだ|眼を育てるいつもの日常

朝、器を選んで、季節の花を活ける。
庭の落ち葉を掃く。
そうした小さな営みのなかで、「これは良い」「これはちょっと違う」と感じる瞬間があります。
その感覚は、お店のロゴや看板、包装紙を選ぶときの感覚と、深いところでつながっています。
今日は、丁寧な暮らしとデザインの関係について、ひとつの考え方を書いてみます。

丁寧な暮らしと、お店のデザインのあいだに線はない

毎日の食事を、丁寧ではなくても自分で作る。
器を選ぶ。
道端に咲く季節の花を一輪、テーブルに置く。
窓を開けて、空気を入れ替える。

そういう場面で、私たちは小さな選択を積み重ねています。
この器でいいか、この花でいいか、この時間でいいか——口に出さなくても、手と眼が選んでいます。

事業者や店舗オーナーの方とお話していると、その同じ眼で、お店のしつらえやロゴや包装紙を見ていることに気づきます。
「何となく違う気がする」 「これは続けていけそうな気がする」 そういう静かな感覚で、デザインの良し悪しをすでに判断されています。

そして、その感覚を信じてよいのかどうかが、わからなくなる場面があると思います。
丁寧な暮らしから来る眼と、お店のデザインを選ぶ眼。
このふたつのあいだに、線を引かなくてはいけないような気がしてしまう。

でも、線は引かなくて良いと思います。
暮らしで育ってきた眼は、そのままお店の場面に持ち込んで構わない。
むしろ、そこから始めるほうが、長く続くデザインに近づいていきます。

暮らしの感覚は、仕事のデザインに持ち込んでいいのか

デザインについて書いている書籍などを開くと、配色のルール、余白の取り方、フォントの選び方が並びます。
ブランディングのセミナーに出ると、ターゲット設計、トーン&マナー、コンセプトメイキング、といった言葉が出てきます。

書いてあることは、間違っていません。
ただ、読めば読むほど、自分が日々の暮らしで感じてきた「これは良い」「これは違う」という感覚は、ここでは役に立たないのではないか——そういう距離を感じてしまう方も多いと思います。

正直に書くと、私もそうでした。
若い頃は、本に書いてあることを覚えれば仕事ができるようになると思っていました。でも、30年近く仕事を続けてきて、いま思うのはむしろ逆のことです。

技法は後からでも学べます。
本にも書いてあるし、教えてくれる人もいます。

でも、眼そのものは、本では育ちません。
毎日の暮らしの中で、器を選び、花を活け、掃除をして、料理を作って、少しずつ育っていきます。自分の好みが言葉にできる感覚に育ってきます。

長く続くお店や仕事を支えているのは、技法よりも先に、その眼のほうだと思います。
だから、暮らしで育ってきた感覚を、仕事の場面に持ち込んで良いのです。
むしろ、それ以外に頼れるものはあまりない、というのが本当のところかもしれません。

暮らしの眼でお店を見直す、3つの場面

ここからは、丁寧な暮らしの中で育ててきた眼を、お店や事業のデザインにどう持ち込むか、3つの場面で書いてみます。

視点1:器を選ぶ眼で、ロゴや包装紙を眺めてみる

朝、棚から器を取り出すとき、私たちは無意識に物差しを持っています。
毎日使い続けたいか。
洗ったあとにまた手に取りたいか。
食卓の景色になじむか。

派手かどうか、流行りかどうかでは選んでいないはずです。

その物差しを、そのままお店のロゴや包装紙に当ててみる。
毎日、お客様にお渡ししたいか。
何度見返しても、嫌にならないか。
お店の景色になじむか。

ロゴの提案を見て「インパクトはあるけど何か違う」と感じるとき、その「違う」は、器を選ぶときの「これは違う」と同じ感覚だと思います。
信じて良い感覚です。

視点2:庭の手入れの感覚で、看板やWEBサイトを手入れする

庭を整えるとき、私たちは「完成」を目指しません。
季節ごとに草を抜き、枝を整え、土を足していく。
去年と同じ庭は二度とないし、それでいい、と思って続けます。

お店の看板やWEBサイトも、本当は同じだと思います。
一度作って終わりではなく、季節ごとに少しずつ手入れしながら、長く使っていくものです。

正直、私もこの感覚が定まるまでに時間がかかりました。
若い頃は「完璧なデザインを一度で仕上げる」ことに気を取られていて、納品後の景色まで考えが及ばないこともありました。
庭を自らの手で整えるようになってから、ようやく、デザインも手入れしながら育てていくものだと指先からわかってきた気がします。

だから、ロゴやサイトを作ったあとに気になる場所が出てきても、それは失敗ではなく、手入れの始まりだと思ってください。

視点3:食卓を整える順序で、お店の空間を整える

食卓を整えるとき、いきなり全部を並べないと思います。
まずテーブルを拭いて、必要な器を置く。
余白を残して、それから少しずつ料理を運ぶ。

最初から皿でいっぱいにすると、息がつまって、食卓の輪郭がぼやけます。

お店の空間も、商品の見せ方も、本当は同じ順序で良いはずです。
必要なものから先に置く。
余白を恐れない。
様子を見ながら、少しずつ整えていく。

何かを足したくなる気持ちは、誰にもあります。
でも、足す前にひと呼吸おいて、食卓を整えるときと同じ眼で、お店を眺めてみる。
そうすると、すでにあるものの輪郭が、もう少しはっきり見えてきます。

ひとつの考え方として、暮らしの眼を仕事に持ち込む

デザインの正解は、本やセミナーの中にだけあるわけではありません。
それと同じくらい確かなものが、すでにご自身の暮らしの中で育っています。

新しい技法を急いで覚えるより、ふだんの暮らしで感じている「これは良い」「これは続けていきたい」という感覚を信じて、お店の場面に静かに持ち込む。
そういう順序で考えると、デザインは押しつけるものではなく、すでにあるものに気づく作業になっていきます。

暮らしと仕事のあいだに線を引かない。
ひとつの眼で、ふだんも、お店も、ゆっくりと整えていく。

私にとって、「庭」と「デザイン」という言葉は、おおよそ等しいもの。
そういう続け方も、あって良いと思います。

渡部忠

ロゴやパッケージ、Webサイト——デザインに関わることで迷っているとき、手がかりになればと書いています。もし具体的に動き始めたいと感じたら、下からご相談ください。

渡部 忠(わたなべ ただし)

デザイナー

  • STUDIO FELLOW — ロゴ・パッケージ・Web・グラフィック・ブランドのデザイン(2004年〜)

長野県安曇野市を拠点に、全国のクライアントと仕事をしています。

Webやグラフィックのご相談を受け付けています

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