JOURNAL

シンプルなデザイン提案にたどり着くまで

私のお仕事は、事例を見てわかるように、比較的シンプルな表現が多いです。その理由は、事務所を始めた頃にさかのぼります。

当事務所「STUDIO FELLOW」が立ち上がったのは、私が東京のクリエイティブ・エージェンシーを退職した2004年(29歳)。その頃暮らしていた神奈川県葉山町でした。

その初期の仕事のひとつが、鎌倉に小さなギャラリーが立ち上がるときの、ウェブ制作です。2005年。由比ガ浜の海の前にある、素敵なギャラリーでした。

鎌倉でときどき顔を合わせるうちに、オーナーから声をかけてもらったのが、きっかけでした。

海辺のギャラリーへ

打ち合わせには、その海辺のギャラリーまで足を運びました。当時は車も持っていなかったので、自転車で海岸線の坂を越えて通っていました。

昔の海外版「FIGARO」のスクラップをたくさん見せてもらいながら、具体的ではないけれど、こういう匂いにしたい、というイメージを教えてもらいました。

それまで私は、東京で企業向けの企画と制作をしていました。その頃のウェブは、今では信じられないけれど、文字よりも画像のほうが見栄えのする時代でした。メニューの項目名のような短いテキストでさえ、画像にしたほうがいいとされていて、細かなディテールも、画像でどれだけ雰囲気を出せるかが腕の見せどころでした。

私はそのやり方が体に染みついたまま、ラフを作って見てもらいました。

この線はいらない

返ってきたのは、この線はいらないかな、このデザインも外そうかな、という言葉でした。

私のなかにも、ここまでは削る、という自分なりのラインはありました。けれど、そのさらに先まで削られていく。自分では結構そぎ落として臨んだつもりのところから、もう一段、もう一段と削られていきました。

そうやって最後に残ったのは、本当に必要なものだけの、すっきりとした見た目でした。

「ここまで削っていいんだ」と、シンプルに驚いたことを覚えています。同時に、削ったあとに残るものの強さを、初めて教わった気がしました。

必要なものだけ

それから数年のうちに、近隣のいろいろな方から仕事をいただく量が増えていきました。そのたびに、私の色として、余計なものを落としていく作業をくり返しました。必要なものだけを残し、美しさを際立たせる。という作業は、私にとっては、あの美しい海辺の町だから見つけることができた偶然かもしれません。

そして10年ほどのあいだに、ウェブそのものが変わっていきました。

かつては画像に頼っていた見た目を、今度はソースがきれいに支えてくれるようになっていきました。事務所を立ち上げた当初に教わった感覚は、その変化とも自然になじみました。

紙の仕事、そしていまへ

削ることを覚えた目は、紙の仕事でも同じように働きました。必要なものだけを残し、美しさを際立たせる。その感覚は、媒体が変わっても変わりませんでした。ウェブサイト、パンフレット、パッケージ、ブックデザインと、その後、数え切れない様々なデザインに影響しました。

あの海辺のギャラリーで教わったことが、いまの仕事の土台になっています。あの場所で教われたのは、ほんとうに幸運だと思います。

渡部忠

ロゴやパッケージ、Webサイト——デザインに関わることで迷っているとき、手がかりになればと書いています。もし具体的に動き始めたいと感じたら、下からご相談ください。

渡部 忠(わたなべ ただし)

デザイナー

  • STUDIO FELLOW — ロゴ・パッケージ・Web・グラフィック・ブランドのデザイン(2004年〜)

長野県安曇野市を拠点に、全国のクライアントと仕事をしています。

Webやグラフィックのご相談を受け付けています

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